WABI - SABI

Un roman est un miroir qui se promène sur une grande route.

ある‘職業小説家’の悩み(創批マガジン)

インタビュア&語り:チョン・ジュア(文学評論家)

ゲスト:イ・ギホ(小説家)

 

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<幸せになれなくて不幸な>

チョン・ジュア:彼は、光州から電車に乗って今し方到着したところだそうだ。光州の某大学に就職し、作家を目指す学生たちへの指導は今年で10年目を迎えた。もうすぐ登壇20年目を迎え、短編集を除いても今年まで4編の小説集及び3編の長編小説を書き上げた。作品量が多いとは言えないが、コツコツと本を書いてきた。読者の立場からすると小説家イ・ギホは、時には読みやすい小説を、時には馴染みがなくても考えてみる価値のある小説を書く作家だ。2つ目の小説集『うろたえているうちにこうなることは分かっていた』、短編集『ある程度はどうってことない』では、その独特なユーモアとウィットで読者を楽しませ、2つ目の長編小説『次男たちの世界史』では、政治権力が平凡な人間をどのように破壊するのかについて真っ向から描き読者たちを驚かせた。

 

 しかし、イ・ギホの小説を読んだことのある読者なら気づくかもしれないが、彼の文章からは創作条件の面や経済的な面で中堅作家の余裕などは見当たらない。彼は、小説を通して自分の話を打ち明ける作家である。このような傾向は年々強くなりつつあり、4つ目の小説集『誰にでも親切な教会のお兄ちゃんカン・ミンホ』を読んだあと、筆者はインタビューする前からすでに彼のことをすべて分かった気でいた。教授室にある机の前で彼は、就職率と専任教員の講義担当比率を表に整理するのに忙しかった(「クォン・スンチャンと優しい人たち」)。三人の子を持つ父親として銀行ローンの心配をし、それだけでも頭が痛いのに小学三年生の次男は父親のノートパソコンを壊して平気な顔をしている(「チェ・ミジンはどこへ」)。小説を通して出会う‘イ・ギホ’は、仕事と育児、銀行ローンの利子に追われる平凡な40代の父親以上でも以下でもない。もちろんインタビューのため向かい合い座っている小説家イ・ギホとも何ひとつ変わらない。

 

イ・ギホ:光州から少し南に位置する羅州市南平邑という田舎に小さなアパートを借り作業部屋として使っています。光州に定住する時は作業にもっと没頭して多作しようとしましたが、多産をしてしまいました。子どもが三人もいます。子どももいるし、学校での仕事もたくさんあるので執筆モードに転換するのが容易ではありません。以前は運転をしながらモード転換をしてました。もし女子大生が主人公だとすればその感情をつかもうとたくさん努力し、その状態でキャラクターを作るんです。自分自身が女子大生であるという感情に入り込めるまでずっと運転するんです。そうやって運転をして一度は光州から天安まで行ってしまったこともあります。でも、運転は時間もかかるので、最近は睡眠をとるというのに変えました。ただ、たくさん寝てしまって。。。

 

チョン・ジュア:女子大生のキャラクターを完成させようとのめり込んだ結果、‘光州から天安まで’運転したというイ作家のエピソードのどの辺りに創作の自由や楽しさを入り込ませていくのか。ただ結果として小説の執筆が職業だが小説だけ書くわけにはいかない状況になってしまい、それでも書こうと何か試さなければならない胸が痛む日常がそのまま滲みでている。故郷の原州で朴景利(パク・ギョンリ)先生宅の呼び鈴を押して逃げた青年(「原州通信」、『うろたえているうちにこうなることは分かっていた』)は、いつのまにか物書きを業とする作家、そして一家を抱える家長になり光州に定着した。

 

イ・ギホ:南平邑の古いアパートは「クォン・スンチャンと優しい人たち」の背景にもなりました。小さなまちなので人々がいつも一目で見渡せる空間です。人間関係もおなじです。もともと小都市の出身であるためか、こういった空間が気楽です。小さな都市のアパートなのでか、近所の子供達が塾に通わないんです。いつも一緒に遊んでて。かわいらしい子ども六人と一緒にご飯を食べました。人々の関係がお互い自然に触れ合う空間です。そのような空間は小説にも影響を与えます。

 

チョン・ジュア:ゆえに作家的神秘主義とはイ・ギホの辞典にはない言葉だ。有名な作家といっても日常的につらい面がないとは言えないだろうし、むしろ大したことない神秘主義より、はるかに人間的でほのぼのとした感じだ。ところが小さな疑懼が生じてくる。彼はなぜ幸せな人になってはいけないのだろうか。可笑しく聞こえるかもしれないが、小市民らしく小さい幸せに満ち足りる姿を見せることもできるのではないのだろうか。いわゆる‘小確幸’、わずかだが確かな日常の幸せを発見することが重要な最近の流行りではないのか。いや、小確幸を喚く若い世代に比べたら彼は本当に幸せな人だ。なので、これは合理的な疑懼であるといえる。仕事もしながら家長として感じる現実の疲労感とは別に、彼の最近の作品は‘心安らかに生きてはいけない、幸せではいけない’という強い自己暗示に支配されているように見えるからだ。イ・ギホ式のアイロニーをパロディーして言うのなら、幸せになってはいけないので幸せではないのではないか。

 

<‘小説の中’のイ・ギホと‘小説家’イ・ギホ>

チョン・ジュア:『誰にでも親切な教会のお兄ちゃんカン・ミンホ』には、全7編の小説が載っているが、小説集の巻末に載ってる「イ・ギホのことば」は独立した作品として見てもいいほどの叙事をもっている。どちらにしても彼の小説は虚構と実在の境界が曖昧になり、この文章まで含め収録作が8編だと言っても変ではないほどである。作家は、小説の校正作業を容易く終わらせることができない心境を最近経験した交通事故と並べて叙述する。雪が積もり視界ががよくない状況で、歩行信号が赤に変わった後で横断歩道に進入して来た男性を車で引いてしまった。それでも‘人間の道理’から青信号のとき道を渡ったと言う男性の主張を認めることにした。しかし、保険金の引き上げ程度に思われていた事件が大きくなり、刑事嫌疑が必要な状況にまでなってしまい、彼としては、‘職業が教授という事実を隠して完全なニートのコンセプトでいこう’という知人のアドバイスを黙って聞いていることはできなかったのだ。ふいにこの部分で彼は、“小説に登場する‘イ・ギホ’と小説を書く‘イ・ギホ’のあいだに”存在する“ある壁”に関する話を持ち出す。

 

 小説の中の話者と作家は分けて見なければいけないと、それを区分して見れない人はアマチュアであると、私たちは習った。でも、実際はそうではなかったということをあなたも、わたしも、よく知っているではないか。アマチュアでも熟練した読者でも、さりげなくその壁の向こう側を見ようと頑張る人たちだ。作家もまたわざとその壁にぷすっと穴を開け、少しだけ見せてあげたりもする……それと同時に見なかったふり、お互い騙し合いながら目をつむり作品を見ることができる、賞賛を並べるということだ。それが小説を読むわたしたちの倫理的な態度だろう。私はその態度が嫌いだった。小説の、作家のどこがすごいのか……私は‘作品(작품,チャkプm)’という言葉が嫌いだった。その‘ㅁ(m)’パッチムで終わる単語の中になんとなく、何かを区分しようとする変な態度を覗き見ることができるからだ。だから、私は完全にその態度を壊そうという意気込みで文章を書いた。主人公の名前も大胆に‘イ・ギホ’と名付け、これが小説なのかエッセイなのか、ジャンル分けすら無意味に、そうやって気を使いながら文章を書いた。(「イ・ギホのことば」309頁)

 

 インタビューをしている間何度か彼は、最近スランプに陥っているという話をした。そのスランプがどのような症状を伴っているのか気になったら、‘関節のないゴム人形’のようにパソコンの前で無力に枝垂れている作家の姿が描写された「クォン・スンチャンと優しい人たち」を読むといい。‘政権交代期’にやってきたスランプ、彼はそのスランプが‘変化に対する強迫観念’と関係があると語った。いつのまにか彼の愛する時空間が彼に向かって語りかけなくなったのは、生活に疲れたせいで‘モード転換’が遅れているからだけではなかったのだ。

 

 “小説の、作家のどこがすごいのか……” 新しい小説集を出したときに、彼は作家としての所感を書いた紙面を借りて、このようにつぶやいている。このつぶやきには、作家を変化に対する強迫に追い込む不満と心地悪い感情がつきまとっている。つまり作家や小説につきまとう視線もしくは態度に‘耐えられない何か’があり、それは作家の表現によると小説の中の‘イ・ギホ’と小説家‘イ・ギホ’のあいだに存在する一種の壁である。作中に突如としてあらわれ事実なのか虚構なのか分からない話を展開し、作品と現実を行き来するということはその壁を目指すある種のデモ行進である。彼が幸せになれない理由は、どうも不満な‘壁’と関連があるように見える。

 

 したがって、“小説の、作家のどこがすごいのか……”というつぶやきは、まるでトンネルのような長い時間が終わりを迎えた後に来る後遺症のようなものである。おそらく偶然ではあるが、イ・ギホの3つ目の小説集『キム博士は誰なのか』は、李明博政権が終わった年に出版された。仕事のため向かった光州で5年余りの間に書き上げた小説を一つにまとめた。今回の4つ目の小説集は朴槿恵政権が終わった後に出版された。もともとは、昨年出版される予定だったが少し遅れた。前記したように、スランプに陥りゲラすら見たくない状態が続いたためである。彼は何故政権の興亡と同じ周期を描き、小説集を出すのだろうか。このような偶然の一致を彼は知っているのだろうか。とにかく結果的に2つの小説集はいわゆる‘失われた9年’と呼ばれる時間の痕跡を、その時間を埋めようとする憂い、怒り、やるせなさのような感情の模様をそっくりそのまま込めている。

 

イ・ギホ:10年前に光州に向かったのは、見方によれば高い生産力を発揮できる環境を手に入れたようなものでした。小説に没頭できる時間を確保できたからです。でも、地方にいるとどうしても活動に限りがあります。ソウルに来ると実践的な行動に参加することができるだろうに、光州に住んでいるというだけでも、つまりこの都市の象徴のために生じてしまう政治的なおとなしさがあります。安らかさとおとなしさみたいな。同時に小説では苦しんでいる他人を描くということ自体が、乖離を感じるというんでしょうか。一体そのような他者に対してどれほど理解することができるのだろうか。ものすごく正直になろうとしたら、それを書こうとする作家を、矛盾を抱えた小市民であり光州に住む作家をそのまま見せることが、その情念をさらけ出すことが最善ではないか、そんな風に考えました。

 

チョン・ジュア:物書きを遮るのは、機械的な疑いであるとか銀行ローンのような疲弊した日常ではない。むしろ穏やかすぎる生活をすること、それも‘光州’という地域的象徴を言い訳にし、その陰がくれる‘政治的おとなしさ’の後ろに隠れて平凡な小市民として生きているという事実からくる恥ずかしさである。このような恥ずかしさは、作家として何かをしなければならないという義務感に繋がるものであろう。しかし、それ以前に‘壁’と向き合うことがもっと大きな問題である。果たしてこのような小市民のおとなしさの中で他者を、また他者の苦痛を理解すると言ってもいいのか、そうして小説家‘イ・ギホ’は、誰かの苦痛について語らなければならないという難関に直面しているのである。